境内のご案内

本尊倶利伽羅大瀧不動明王

本尊倶利伽羅大瀧不動明王本尊は役行者の自作による倶利伽羅大龍不動明王(秘仏)で、古来より運気の守護、命乞い不動尊として四方の人々の篤い信仰を集めています。
その御姿は、秘剣に龍が巻き付いた形像です。倶利伽羅不動を本尊とする寺院は日本国内で類例がありません。
倶利伽羅大龍不動明王は、悉地明王(悉地とは成就の意味)ともいわれ、古来より願望成就の守護神であり、生命乞の不動明王として霊験あらたかです。

布袋尊

布袋尊七宝瀧寺では、寺伝に残る弘法大師空海が当山の七瀑に七福神を祭祀されたという伝説に因んで、古くから本堂下に布袋尊が祀られており、和合成就の神として人々の信仰をあつめています。
布袋尊は俗に「布袋さん」「布袋さま」などと呼ばれ、大きなおなかと大きな耳、そして背中の大きな袋と、杖が特徴です。当山の布袋尊は南海沿線七福神霊場における布袋尊霊場となっています。

院号「白雲院」の由来と「志津の涙水」

院号「白雲院」の由来と「志津の涙水」犬鳴山七宝瀧寺は、院号を「白雲院」と呼ばれていますが、これには乙女の哀しい物語があります。
その昔、淡路の小聖という修験者がいて、しばしば御所へ出入りしているうちに、官女の志津女という美人に想われる身となりました。小聖は修行の妨げになるからと志津女を振り切って、犬鳴山中に逃れてきました。志津女は小聖をあきらめきれず、あとを追って諸国を探し求め、遂に泉州犬鳴山に小聖が修行しているのを風のたよりに聞き、修行僧に一目会うべく犬鳴山まで来ました。しかし、険しい渓谷の山路と、飢えと寒さ、そして俄にたちこめてきた白雲によって道を見失い、ついに路傍に悶死しました。村人は志津女の死体をねんごろに葬りました。
こうした事があってから、犬鳴山に白雲が立ちこめる日は必ず雨が降るので、村人は「志津の涙雨」だと言い、また、倒れていた附近からこんこんと湧き出ている清水を「志津の涙水」と呼ぶようになりました。志津女の墓は、本堂下手100mの附近、参道の傍らにあり、その下より今も涙水のように、清水がボトボトと湧き出ています。書院はこの時から、白雲院と呼ばれるようになったと伝えられています。また、一心を込めた願い事がある場合、この水を持ち帰り、毎日飲用すると必ずや願い事が成就するといわれています。
附近にはお志津地蔵尊の御堂が建立され、一願成就のお地蔵さまとして信仰を集めています。

原生林と大小48瀧が織りなす渓谷美

原生林と大小48瀧が織りなす渓谷美七宝瀧寺の周辺は、和泉葛城山の西方に位置し、和泉山脈の中で渓谷を形成しています。老松の原生林と大小48瀧の渓谷美で知られ、春は山桜、新緑、夏は河鹿、秋には紅葉と、四季それぞれの趣があります。
役行者が修験道の行場として開いた「犬鳴山七宝瀧寺」は、日本最古の霊場であり、清涼とした渓流と自然とあいまって、訪れる人々の心身を癒しています。
「大阪府 緑の百選」にも選ばれるなど、信仰や修行だけでなくハイキングにも最適な立地です。下山後は素晴らしい温泉が待っています。

原生林と大小48瀧が織りなす渓谷美